福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)205号 判決 1973年6月29日
控訴人 松村武男
右訴訟代理人弁護士 藪下晴治
被控訴人 桑原駿
右訴訟代理人弁護士 川口嘉弘
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一 被控訴人が、(一)金額金四五万円、満期昭和四〇年三月一五日、支払地振出地ともに八代市、支払場所株式会社肥後銀行八代支店、受取人振出人ともに訴外合資会社徳住乙平商店、振出日昭和三九年一二月二六日、支払人「八代養鶏組合桑原駿」、(二)金額金五〇万円、満期昭和四〇年三月二五日、その他の記載は右(一)に同じ、(三)金額金三五万円、満期同年四月五日、振出日同年一月二七日、その他の記載は右(一)に同じ、(四)金額金三五万円、満期同年四月一五日、その他の記載は右(三)に同じ、(五)金額金四〇万円、満期同月二五日、その他の記載は右(三)に同じの記載ある為替手形五通につき、右各振出日と同日にその引受人欄に「八代養鶏組合桑原駿」と署名押印したこと、右各手形には訴外会社から前記肥後銀行に宛てた裏書記載があり、同銀行は右各満期に右各手形を支払場所に呈示したこと、その後訴外会社は右銀行から右各手形の返還を受け、さらに右各手形には訴外会社から控訴人に宛てた裏書記載があること、控訴人は現に右各手形を所持していることは当事者間に争いがない。
二 そこで、控訴人は右各手形を被控訴人個人が引き受けた旨主張するが、その判断に先立ち、右各手形面上の「桑原駿」なる被控訴人の氏名に冠して記載された「八代養鶏組合」がいかなるものかにつき検討する。
≪証拠省略≫を総合すると、昭和三三年八月ごろから訴外徳永茂生ら八代市内の養鶏家によって農業協同組合設立の企画が樹てられ、同年九月一五日設立準備会を経て、同年一〇月一日創立総会が開かれ、訴外里見博ら一三名が理事に、被控訴人ら三名が監事に選ばれ、定款、事業計画書が承認されて、熊本県知事宛農業協同組合設立認可申請書が提出されたこと、定款には、養鶏家が協同して養鶏生産力の増進、組合員の経済的社会的地位の向上を図る目的で、養鶏事業に必要な物資の購入、生産物の販売等の事業を行う「八代養鶏協同組合」とし、八代市一円の養鶏家で一口金一〇〇〇円以上の出資をした組合員によって組織され、任意に加入脱退できる手続を定め、また理事の中から選ばれた組合長が組合を代表して業務を処理し、年一回総会を開き、組合員は平等の議決権を有し、多数決で議事を決し(但し、定款変更、組合の解散合併は特別決議)、利益配当に限度を設け、経費の分担、組合員の有限責任を定めていること、ところが、熊本県では八代地方に農業協同組合が多く、中には小規模なものもあって、これらを合併させる方針をもって臨んでいた折りでもあったので、新たに農業協同組合を作ることに難色を示し、認可しなかったこと、そこで、農業協同組合として発足できなかったものの、実体はそのままで存続させることとし、名称を「八代養鶏組合」と変えて、事務所を八代市八幡町一に置き、定款や組織、運営方法は農業協同組合のそれを流用することとして発足したこと、初代組合長には訴外里見博が就任し、その後組合員も増加し、八〇名を超えるに至ったこと、総会は年一回開かれ、組合事務は女子事務員二名と訴外恵敏雄を使用して処理されたこと、事業の大半は訴外会社から飼料を仕入れて組合員に販売し、卵を共同出荷することで、これらは右訴外人が担当していたこと、ところが、組合長たる訴外里見が老令と病弱のため退任したため、被控訴人が推されて組合長代行を勤めていたが、昭和三九年一〇月二日臨時総会において正式に組合長に選ばれたこと、しかし、このころから組合経営が思わしくなくなり始めたので、女子事務員二名を置かないことにして、会計事務は専ら理事の訴外岡本建次が担当するに至ったこと、そして、本件(一)の手形不渡後、組合の有していた債権はその帳簿一切とともに訴外会社の手に渡ってしまったため、現在では清算手続を残すだけとなってしまったことを認めることができる。≪証拠判断省略≫
右事実を総合すると、「八代養鶏組合」は法人格こそ有しないけれども、その実体は社団、いわゆる権利能力なき社団と認めるのが相当である。
三 権利能力なき社団の代表者が社団を代表して為替手形を引き受ける場合には、法人の代表者が法人を代表して約束手形を振り出す場合(最高裁判所昭和四六年(オ)第二〇九号、昭和四七年二月一〇日第一小法廷判決、民集二六巻一号一七頁参照)と同じく、手形に社団のためにする旨を表示して代表者自ら署名しなければならないが、手形上の表示から、その手形の引受が社団のためにされたものか、代表者個人のためにされたものか判定しがたい場合においても、手形の文言証券たる性質上、そのいずれであるかを手形外の証拠によって決することは許されない。そして、手形の記載のみでは、その記載が社団のためする旨の表示であるとも、また、代表者個人のためにする表示であるとも解しうる場合の生ずることは免れないが、このような場合には、手形取引の安全を保護するために、手形所持人は、社団および代表者個人のいずれに対しても手形金の請求をすることができ、請求を受けた者は、その引受が真実いずれの趣旨でなされたかを知っていた直接の相手方に対しては、その旨の人的抗弁を主張しうるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前示争いのない事実によれば、本件各手形の引受人欄には、「八代養鶏組合桑原駿」と表示され、≪証拠省略≫によれば、その名下に「桑原」と刻した印章が押捺されていることが認められるのであるから、右の表示をもっては、本件各手形の引受人が八代養鶏組合であるとも、被控訴人個人であるとも解釈できるものといわざるを得ない。
四 ところで、≪証拠省略≫を総合すると、八代養鶏組合は発足当時から飼料を訴外会社より仕入れ、これを組合員に販売してきたのであるが、その支払は訴外会社振出の為替手形を組合が引き受け、支払場所となっている肥後銀行八代支店の組合口座を通じて右手形の決済がなされてきたこと、そして、昭和三五年一二月九日(金一五万)、昭和三八年四月一日(金三〇万)、同年五月二日(金一万四四〇〇円)各引受の手形には、「八代市養鶏農業協同組合組合長里見博」として署名していたが、同月一五日引受の手形(金一五万円)には「八代養鶏組合桑原駿」、同年七月一日引受の手形(金三〇万円)には「八代市養鶏農業協同組合桑原駿」として署名していたこと、一方被控訴人が個人で引き受ける場合には八代市植柳上町九三六番地の自宅を表示して署名していたこと、そして、これらの各手形はすべて決済されてきたこと、組合の事務所は八代市八幡町一にあり、本件各手形の宛名には右住所が記載され、また本件(一)および(五)の各手形の引受人欄にも右住所が記載されていること、訴外会社においても納品書等伝票、帳簿等もすべて取引の相手方として組合を表示していること、本件各手形金合計金二〇五万円は組合が訴外会社から仕入れた飼料代金であること、ところが、昭和三九年から昭和四〇年にかけて卵価が大暴落し、養鶏家は手痛い打撃を受けて、組合員にとってもこれまで出荷した卵代金と買い入れた飼料代金とを相殺して処理されていたのが、飼料代金の支払を滞りがちになったこと、そのため組合も遂に本件(一)の手形を支払うことができなくなったので、訴外会社はその回収のために被控訴人ら組合理事と折衝を重ねた結果、組合が組合員に対して有する飼料代金債権を訴外会社の手に委ね、同会社がこれを直接取り立て、その都度本件手形債務の支払に充当して行くことに決め、同会社は組合にあった関係帳簿を持ち帰って整理し、訴外会社の徳住深と被控訴人とが各組合員宅を廻って売掛代金残額を確認するとともに、右取極めの趣旨を告げ、その後訴外会社が直接集金をしたこと、なお訴外会社は本件各手形の引受を受けた後、これを肥後銀行の割引を受けているが、同銀行は支払人をいずれも組合として取り扱っていることを認めることができる。≪証拠判断省略≫
右事実によれば、本件各手形引受の原因関係はすべて訴外会社と組合との間の飼料の売買であって、被控訴人は個人としては全然現れていないし、訴外会社もまたこれを当然の前提として取引や回収の交渉を進めてきたというほかない。従って、訴外会社は本件各手形の引受人が組合であって、被控訴人個人でないことを知悉していたといわざるを得ない。
そして、訴外会社から控訴人へ本件各手形の裏書譲渡がその各満期の後になされたことは当事者間に争いがないので、被控訴人は控訴人に対して本件各手形の引受が真実は被控訴人個人でないことを知っていた直接の相手方たる訴外会社に対すると同様に本件各手形金の支払を拒むことができるものといわなければならない。
五 よって、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきところ、これと結論を同じくする原判決は正当であって、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池畑祐治 裁判官 生田謙二 富田郁郎)